(精密機械)今井研究室

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研究室紹介

研究紹介 概要

マイクロアクチュエータおよび医療用MEMSアクチュエータの研究

 MEMSによるマイクロ機構の研究をしています.特徴は機能性材料やナノテク材料の活用です.主な材料は,高分子材料,3D加工ができる高分子材料,導電性を持った高分子材料(PEDOT/PSSなど),磁性材料(磁性流体,磁歪材料),形状記憶ポリマーなどです.強度はあまり必要ないため機能性材料を構造材料として用いることができます.これらを用いてマイクロポンプ,バイオ燃料電池など医療・バイオなどの分野への応用を検討しています(図A).また微細な形状をMEMS技術で作成し,それによる機能を表面技術として活用することも研究しています(バイオミメティクス).

研究テーマ

  • 高分子材料を用いたソフトアクチュエータの研究.形状記憶ポリマーのみを用いた2方向アクチュエータ,ポリマー薄膜と導電性高分子材料(PEDOT/PSS)や金属(薄膜)との複合による駆動,磁性流体とポリマー薄膜を用いた駆動方法など.
  • 高分子材料を用いた3次元構造の加工法 高分子薄膜によるフレキシブルな変位膜(ポリイミドなど),3次元形状をもつ薄膜の加工法(パリレン),バイオ燃料電池用燃料ゲルの加工法など.
  • 生体適合性材料またはフレキシブルな材料の活用 セルロースナノファイバーの薄膜ダイアフラム,ポリ酸無水物を材料としたマイクロニードルなどのMEMSデバイス,グラフェン修飾炭素繊維(電極)など.
  • 表面微細加工技術を応用したマイクロ流体工学.ロータス効果やリキッドマーブルを用いた微量な液滴の搬送(化学分析,医療用など),微細流路における流体摩擦の低減法,ナノインプリントを利用したナノ・マイクロ表面加工技術.液体への熱伝達促進のための表面構造.

キーワード:ソフトアクチュエータ,機能性材料,ポリマーMEMS, 医療MEMS

図A 医療用MEMSに関する研究(体表での治療や発電,体内型医療カプセル)

最近の研究の紹介

1.マイクロニードルの医療分野への応用(注射器代替医療用マイクロニードルの製作)

 高齢化社会の進展で病院数が不足することが予想されており、患者がアプリによる診断をして、自ら簡単な治療を行うようになると考えられています。マイクロニードル(MN)は皮膚にパッチを貼るイメージなので注射器より投薬が容易です。また医療従事者でなくても投薬ができます.しかしながらMNは投薬量が少ないことが課題です.そこでMEMS技術を用いて毛細管力を利用して薬を搬送する新しいコンセプトのMNを開発しました.特徴は、ポリ酸無水物という生体適合性かつ生分解性のあるポリマーを用いたこと,および万年筆のような溝を設けて毛細管力によって薬液を搬送することです.溝は製作が困難な中空MNの代替手段でもあります.従来のMNはポリ乳酸(PLA)を射出成型して製作していました.しかしこの方法では針に毛細管力用の微細な溝を作ることが困難です.3Dプリンターで製作したMNをポリエチレン樹脂によるソフトな鋳型に転写し,ポリ酸無水物を流し込んで紫外光で硬化させました.製作したMNを図1-1に示します(直径:0.5 mm,長さ:1 mm).

図1-1 製作したマイクロニードル(先端側から見た状態(左)と側面)

 開発したMNの液搬送のコンセプトを図1-2に示します.毛細管用の溝は,針の根元部と針側面に設けています.MNを皮膚に刺した後,基板の背面から貫通穴に薬液を滴下します.薬液は貫通穴から針根元部の溝を通って針に達し,針側面を上昇します.なお針の溝に毛細管力を発生させるため,溝形状と溝のアスペクト比(溝深さ/溝幅)の最適化をしました

図1-2 毛細管力によって薬液を搬送するコンセプト
(背面から薬液を滴下(左上)→針根元部の溝を伝わって液が移動(右上および右下)
→針溝を上昇(左下)

このように針先に液を搬送することができましたが、穿刺状態で角質層の下に薬剤を送りこむためには課題がありました。実験では,薬剤は皮膚の中では針先に向かって移動しませんでした。これを解決するために、針先まで薬剤を毛細管により移動させたのち,乾燥/硬化させ、穿刺した後に超音波加振によって針先の薬剤を融解・浸透させることにしました。図1-3(左)は以上のコンセプトを示す図で、図1-3(中および右)は穿刺した針を超音波加熱して温度測定するとともに、薬剤(絵の具で代用)が溶融・拡散する挙動を示しています。

図1-3 超音波加熱による温針型MNのコンセプト(左)とその温度測定実験(中)、および加熱による絵の具の拡散挙動

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2.アクチュエータ

(1) 化学反応を利用した小型アクチュエータ

 超小型化が要求される分野では,化学反応を利用するアクチュエータは機構部をほとんどなくせるので有利と言えます.しかしほとんど研究されていません.以下の課題があるためと考えられます.

  • 化学反応のトリガーはどのように掛けるか
  • 反応速度のコントロール(使用する薬品の量を変えるだけでは十分ではない)
  • 粉末を利用する化学反応では、水などで溶液化が必要(粉末どおしでは反応しない)

このような課題の解決のためにゲル(アガロースゲル)の利用を考えました.ゲルは多くの水を化学的に含有することができ,融解時に水が発生します.また融点はゲルの濃度によって変化できます.さらにゲルのサイズや配置によって融解の場所や速さをコントロールでき,化学反応の速度を変えることができます.以下の①および②はその応用例です.

① 体内での試薬吐出用マイクロポンプ

 カプセル内視鏡という内服型の小型カメラが胃の検査などに使われています.これに投薬機能を追加するためのマイクロポンプを研究しています(図2-1).従来のマイクロポンプは,変位膜(ダイアフラム)の駆動を水やエタノールなどの沸騰(相変化)によって行っていました.本研究では,クエン酸と重曹(炭酸水素ナトリウム)の化学反応によってCO2ガスを発生させます(いずれも人体に無害).この方法は中村ら(神戸大)によって提案されていますが,任意のタイミングで化学反応をおこさせるようにした点が特徴です.ヒーターでゲルを加熱することで分離膜としてのゲルを除去し,化学反応を開始させます.ゲルは融点が低いこと,水分を多く含有できる点で選択しました.用いているゲルは,アガロースとクエン酸を混ぜて作ったクエン酸ゲルで,ゲルが溶融すると重曹と反応してCO2ガスを発生します.この方法はヒーターの加熱により任意のタイミングで化学反応を開始できるほかに,発生ガス量が多いこと(変位が大きい),融点が低い(約50~60℃)というメリットもあります.

図2-1 化学反応を利用したカプセル型マイクロポンプ

② 体内にあるカプセルの加熱方法

 本研究のマイクロポンプでは、カプセルが体内にあるときにどのように加熱するかという課題があります。電気抵抗や磁場による渦電流では十分に温度が上昇せず,必要な温度を得るためにはやけどの恐れがあります.そのため医療分野で使われ始めているHIFUと同じ超音波加熱を採用しました。この方法では対象物の表面を摩擦熱によって加熱するので火傷の可能性が低く,またプラスチック(ABS)のカプセルを用いた実験では迅速に温度を上げることができました。図2-2(左)は本方法のコンセプト、図2-2(右)は加熱実験の方法と加熱により化学反応が開始されてガスが膨張しているときの状態を示しています。

図2-2-1 超音波加熱のコンセプト

図2-2-2 温度測定および化学反応の発生状態

3.バイオ燃料電池に関する研究

① 燃料の供給・保持にセルロースナノファイバー(CNF)を用いたバイオ燃料電池

 モバイル機器への電力供給はバイオ燃料電池の用途として期待されています.そのためセルロースナノファイバー(CNF)のシートに燃料を含浸させた燃料電池を検討しています.CNFは木材の繊維を細かくしたもので生体適合性がありフレキシブルです.またシート状に加工することで電極間隔を小さくでき、これにより出力の向上が期待できます.図3-1(左)はデバイスの構成を示します(燃料:フルクトース).図3-1(右)は出力を示しています.液体燃料に比べ出力が向上していますが,これは電極間距離の低減(液体: 3 mm, CNF: 0.3 mm)によると考えられます.将来は図3-1左上のように体表面に貼付けて使用することを考えています.

図3-1 CNFに燃料を含侵させたバイオ燃料電池(左)と出力(右)
(電極サイズ:5 mmx5 mm)

② セルロースあるいは植物を酵素分解して燃料とするバイオ燃料電池

 植物を構成するセルロースを燃料とする研究をしています.セルロースは酵素(セルラーゼ)によって分解してグルコースにすることが可能です.これは草食動物の消化系においても行われています.研究では繊維を細かくしたセルロースナノファイバーを主に用いていますが,実際の植物(オオヘラバコという雑草)を用いても実験を行いました.オオヘラバコをチップ状に裁断して水に浸し,分解酵素を添加したものを燃料として出力を得ることができました.図3-2は実験に用いた植物とバイオ燃料電池の構成,および出力(電力密度)を示します.植物での出力はセルロースナノファイバーとほぼ同等で,実際の植物を燃料とすることが可能なことを確認しました.今後,植物の種類などの最適化で性能向上を検討する予定です.セルロースは人間があまり活用できていない資源の一つなので,医療やモバイル機器の電源として活用できるようにしたいと考えています.

図3-2 セルロースを分解して燃料とするバイオ燃料電池
(セルロースナノファイバー(CNF)を燃料とする場合は,電極間にCNFシート(t0.3 mm)を挿入しセルロース分解酵素を滴下した.植物の場合は,植物を酵素分解して得られた燃料液をCNFシートに含侵させた)

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4.生物がもつ表面微細構造の応用(バイオミメティクス)

①ロータス効果による微細液体の搬送

 蓮の葉の上の水滴が転がりやすいのは表面にある多数の微細な突起間に空気がトラップされているためで(ロータス効果),このような表面構造による撥水化はCassie-Baxterモデルと言われています(図4-1).突起のトータルの面積比を小さくしたシリコン(Si)基板を製作し液滴が斜面(20°)を移動する際の動特性を測定しました.突起のサイズは15 μm角(正方形),(この場合の水の静的接触角は150~160°).

図4-1 ロータス効果とMEMSによる微細突起表面

 突起の形を変えた場合(三角形)における加速度の測定から,同じ面積比であっても形状や移動方向によって加速度が異なることがわかり,そのメカニズムを調べました.図4-2に示すように,三角柱の突起の場合,頂角側と底辺側では接触角が異なります.これは接触面から受ける拘束力の大きさが異なるためと考えられます.液滴が斜面を滑る場合,図4-3(左)に示すように前進接触角は後退接触角よりも大きくなります.この場合に前側における表面張力の滑り方向成分と同じ大きさで逆向きの抵抗力を接触面から受けます.後ろ側においても同様です.前後2つの抵抗力は接触角が違うので打ち消すことはできず,前側の抵抗力の方が大きくなるので液滴は抵抗力を受けます.図4-3(右)に示した突起によって接触角を変化させ,前側では小さく,後ろ側で大きくなるように突起の向きを設定します.即ち前側は三角形の底辺,後ろ側を三角形の頂角となるようにします.これによって滑っているときの前後の動的接触角を近づけることができ,液滴の加速度を増加させることができます.もし三角形の向きを逆にすれば,加速度を減少させることができます.このように非対称な突起を用いて,その向きで液滴の移動し易さを変えることが可能です.

図4-2 三角柱突起の向き(三角形の頂点が左側)により左右の接触角を変化させる方法

図4-3 三角柱突起の向きにより前後の動的接触角を変化方法(移動し易い方向の実現)

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5.形状記憶ポリマーのみで2方向動作するアクチュエータ

 形状記憶材料として,形状記憶ポリマー(SMP)は形状記憶合金に比べて,軽く,ひずみが大きく(約400-500%),またいろいろな形状に加工しやすい長所がありMEMSに適した機能性材料です.一般に形状記憶効果は一方向性で,温度を上げることにより形状記憶効果が現れる一方向の動作しかできませんが,アクチュエータとして使うためには変形⇒回復…といった二方向性が必要となります.従来は,外部から力または応力を加えて変形させ,形状記憶効果で復元(または逆)という方法を用いていましたが(図5-1(a)),MEMSでは外部から力を加えて変形させることがサイズ的に困難なため形状記憶効果のみで変形と復元を行う方法を開発しました.
 形状記憶効果が発生する温度(ガラス転移点温度Tg)の異なる2種類の形状記憶ポリマーを使う点が特徴です.片持梁がたわみを発生する場合を例として示します(図5-1(b)).片持梁の両面に形状記憶ポリマーの層を形成し,一方の形状記憶ポリマーに記憶形状,もう一方の形状記憶ポリマーに前記と逆の記憶形状を与え,それぞれのTgを異なるようにします.これをTg1, Tg2 (Tg1 < Tg2)とすると,温度を上げてTg1になると低温の方の形状記憶効果で変形が発生し,さらに加熱してTg2になるともう一方の形状記憶効果で2つの記憶形状が同時に発生した状態になり,この状態では重ね合わせの原理により前の記憶形状がキャンセルされ元のフラットな形状に戻ります.これは自己回復性材料としても活用可能です.

図5-1 アクチュエータの動作方法(片持梁を例とした場合)

この方法を片持ち梁型とダイアフラム型のアクチュエータに適用しました.片持ち梁では2種類の形状記憶ポリマーを片持ち梁の表面と裏面に薄膜として形成し,ダイアフラム型では2種類の形状記憶ポリマーを用いてダイアフラムを作りこれらを接着させました(図5-2).使用した形状記憶ポリマーはガラス転移点温度が30℃と50℃,膜厚は30 μmです.

図5-2 形状記憶ポリマーアクチュエータの構造(ダイアフラム型)

 アクチュエータの発生変位を図5-3に示します.左図は片持梁型,右図はダイアフラム型で,アルミニウム蒸着膜(Si基板上に製作)への通電による温度変化で動作させています.


図5-3 形状記憶ポリマーアクチュエータの変位(左:片持梁型,右:ダイアフラム型)